強すぎる月の光は人を狂わせると云う。
なるほど、然り。ならば満月の今宵。
人は獣となり、獣は咆え猛る。
それは一夜限りの邂逅。
夜の王と、獣の王。
闇の片身と、月の眷属。
そうして、満月の下。
二人は出会う。
「やぁ、出来損ない」
闇のような黒髪に血の気の失せた白い肌。
血のような瞳と唇を歪め、男は言う。
「よぉ、成り損ない」
月のような金髪にやや上気した薄赤い肌。
黄金のような瞳を細め、男は言う。
或いは、夜の王。
或いは、獣の王。
交わるべきではない世界に住まう二人の、束の間の対話。
「君は相変わらず、化け物染みているね」
人間として何かを間違えた男に、夜の王は囁く。
「お前は相変わらず、人間臭いな」
化け物に成り切れない男に、獣の王は囁く。
或いは、人間になりたかった化物。
故に、人間にもなれず怪物としても不安定な成り損ない。
或いは、化物になりたかった人間。
故に、化物にもなれず人間として逸脱している出来損ない。
決して交わるはずのない二人は。
故に、満月の夜。
互いに惹かれるように出会った。
「僕も君くらい異常だったら、こんな思いをしなくてすんだのになぁ」
「俺がお前くらいまともなら、こんな事考えなくてよかったんだけどな」
そういって闇は笑い、月は笑わない。
「しかし、お前も大概どうかしてる。満月の夜に化ける人間ならゴロゴロいるが」
「満月の夜に正常を取り戻す化物は見た事がない?」
獣は頷き、夜は語る。
「それは簡単な事なんだよ。月が明るいと、僕は薄まるからね」
「あ? おいおい、それってつまりそういう事か?」
つまらなそうに息を吐き、男は苦笑する。
「それって、洒落になってねぇな。俺ぁてっきり、お前が吸血鬼だと思っていた」
そういって、狼男と呼ばれた男は舌打ちする。
「お前、闇の眷属どころか闇そのものじゃねぇか」
その言葉に、夜の王が嗤う。
「だから、満月の夜はね。僕が一番人間に近づける日なんだ」
「はっ、馬鹿馬鹿しい。月に狂わない化物なんて、それこそ成り損ないだ」
獣の王はそういって笑い。
「まぁ、そうかもね。満月でもないのに狂っている人間なんて、出来損ないだよ」
夜の王はそういって嗤う。
「それじゃあ、俺はいくぜ」
「うん、僕もいこう」
「俺は東へ」
「僕は西へ」
そうして、束の間の交差は終わる。
それは、或いは実現したかもしれない邂逅。
何処かで血に染まった黄金の獣が嗤い。
何処かで血にすら染まれない真性の闇が笑う。
それは何時かの満月の夜。
それは何処かの御伽噺。