〜十月に君と眺める月〜
リリリリリリ。
リリリリリリ。
いつもは気にならないような、虫の声が。
今日はやけに、耳に響く。
普段は騒がしいから気付かないだけで。
本当はこんなにも一生懸命、彼等は鳴いているのだと。
一時の静寂の中で、僕は思う。
“キミはどう思う?”
僕は、誰にでもなく口にする。
だけど、返事は隣から返ってきて。
“綺麗な声だよね”
ふと、隣を見やれば。
僕の肩に頭を乗せて眠っていたはずの彼女は。
“おはよう”
綺麗な声でそう言って、小さく微笑む。
それを見て、僕も微笑み返し。
“おはよう”
そんな、些細な言葉の遣り取りが。
今はもう、聞こえない。
不意に気付けば、僕の隣には誰もいなくて。
まだ少し歪んだ視界が、自分の状況を教えてくれる。
“夢・・・・・・か”
夢なら、なんて酷い。
もう少し、醒めないでいてくれたって良かったじゃないか。
もう少し、彼女の顔を見せてくれても良かったじゃないか。
もう少し、彼女の声を聞かせてくれても良かったじゃないか。
もう少し。
もう少し。
もう少し。
─────────もう少し、彼女と一緒にいさせてくれても良かったじゃないか・・・。
“それこそ、戯言だよ、なぁ”
なんてコトバで自分を誤魔化したって。
溢れてくる涙は止まらない。
流れてくる涙は止まらない。
“いっそ、夢の中に往きたかった”
僕がそう言えば、きっと彼女は。
“それでも、現実の中で生きていかなくちゃいけないんだよ?”
なんて。
諭すような表情で微笑みながら、僕に言うんだろう。
“ズルいよな・・・そんな事言って、自分だけ夢の中に往っちゃってさ”
“私だって、好きで往ったわけじゃないんだよ”
今はもう聞こえない彼女の声が、耳の奥で聞こえている。
今はもう見えない彼女の顔が、小さく微笑んでいる。
“あぁ・・・なんだってキミはそんなに笑っていられるんだよ”
“いつだって、笑っていれば良い事があるんだよ”
“本当に、そう思う?”
“そう思えば、笑っていられるでしょう?”
“そうか・・・そうだよな”
“そうだよ。だから、ね”
────────キミはもう、泣かないで。
なんて。
一人で悟ったような表情をして。
そうしてキミは、また笑う。
“なんだよ、もう・・・・・・”
これじゃぁ、僕が馬鹿みたいだ。
馬鹿みたいに、涙が止まらない。
馬鹿みたいに、悲しくて堪らない。
それでも・・・・・・馬鹿みたいに、笑っていられるなら。
“あぁ・・・・・・本当、馬鹿みたいだ”
それでも、もう。
涙は流れてこない。
代わりに、笑顔を一つ浮かべて。
夜空を見上げれば、黄金の満月が輝いていて。
そこにいるキミに、話しかける。
“これで、いいんだろう?”
“それで、いいんだよ”
“そっか。それを聞いて、安心したよ”
“私も、君が笑えてるのを見て、安心したよ”
そう言って、二人で笑いあう。
“最後に、聞いて良いかな?”
“何かな?”
僕は笑顔のまま。
こう、言った。
“キミは、今でも笑ってくれているのかな?”
“ ”
きっと彼女が答えたはずのコトバは。
風に乗って、飛んで往く。
僕の耳には届かなかったそのコトバは。
だけど、きっと。
だから、きっと。
僕は笑顔のまま、もう一度夜空を見上げる。
そこに浮かんでいる月が、あんなに輝いているんだから。
“これで・・・・・・いいんだ、よね”
答えはもう、返ってこないけれど。
僕は笑顔のまま、立ち上がって。
家に向かって、歩き出す。
これからも、笑顔でいられれば。
きっと良い事があるんだろう。
だから僕は。
生きて、いける。
最後にもう一度見上げた満月は。
やっぱり、輝いていた。