四月一日の過ごし方

〜箱塚在弥の場合〜

 

 

 

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 ――――――ピピッピピピッピピピッピピピッ。

 

「・・・・・・・・・ぁ?」

 うるさい。何の音だ・・・あぁ、目覚ましか。そんな事は知っている。だからどうした、俺は眠いんだ。

 ピピッピカチャ。

「・・・・・・・・・ぐぅ」

 安眠妨害の元凶は去った。あぁ、素晴らしきかな平穏、そしておやすみ。

「ふふん・・・・・・全く。キミは、なんとも無防備に惰眠を貪っているわけだ。いやしかし、可愛らしい寝顔だねぇ。普段のひねくれたキミから比べたら、天と地の差だね。いやはや、今からこの表情を眠気に歪めているキミを見る事になるわけだね。毎朝の事ながら、心が痛むなぁ。だがしかし、そうでもしなければキミは起きないだろうからね。これも、幼馴染みであるボクの務めさ。というわけだ、起きたまえ、箱塚在弥くん」

「・・・・・・・・・」

 なんだ、なんだよ、なんですか? 確かに俺の名前は箱塚在弥(はこづかありや)ですけど。何故に、何の権利があって、俺の安眠を妨害するわけですか、この人は。しかし、俺は屈しないですよ。何が何でも、平穏を取り戻すのです。では、おやすみ。

「・・・・・・全く。キミときたら、毎朝のようにボクの切実な呼び掛けを無視して、夢の世界へ埋没するわけだ。このボクが、御堂円が幼馴染みのセオリー通り、窓から不法侵入して起こしに来てあげているというのに」

 えぇ、そうですね。確かに、貴方様は我が腐れ縁の幼馴染み、御堂円(みどうまどか)さんですね。だからどうしたぁっ! 俺は眠いんだよ! 睡眠欲全開なんだよ! だから寝る! そして寝る! さらに寝る! 眠りこそが、我が人生っ! てなわけで、おやすみっ!

「・・・・・・。ここまで派手に無視してくれるわけだ、キミは。こうなったら、もう、アレだね。幼馴染みの切り札というか、必殺技というか。いや・・・でも、これは妹(義理)の技だったような気もするんだけど。まぁ、いいや。ほら、起きたまえ。起きないと、チューしちゃうぞ?」

 うっわぁ、今時なんてベタな。だが、コイツにそんな事出来るものか。そんな脅しで俺が起きると思ったら大間違いだ。睡眠欲に取り付かれたこの俺を覚醒させられるのは、がっこ―――――――

 ――――――チュッ

「・・・・・・・・・っ!?」

 はぁ!? うわ、こいつ本当にやりやがった! あぁ!? し、舌まで入れてきやがるっ!

「む・・・むぅー、んむーーっ!!?」

「ん・・・・・・やっほ、目を開へたえ?」

 何言ってるか分かんねぇ! てか、いい加減、離れやがれっ! くそ、そのニヤニヤ笑いを止めろっ!

「ん・・・・・・っちゅ・・・ぷぁっ。いやいや、やっと起きてくれたねぇ。コレで起きなかったら、ダイブプレスでも仕掛けようかと思っていたところだよ?」

 くそっ、こいつ、まだニヤニヤと笑ってやがるっ! さんざん人の口の中を舐め回した挙げ句に、唾まで流し込みやがったしっ! うわ・・・糸まで引いてるじゃねぇか・・・って、違う、そうじゃない!

「お・・・おま・・・おまっ!」

「ん? んん? いやいや、その続きは、たぶん放送コードに引っかかるんじゃないかな? 出来ればそういうことを軽々しく口にしない方がいいと、ボクは思うけど」

「はぁっ!? 違ぇっ! てか、おま、お前っ!! 何しやがりますかっ! お、起こす為だけに、キ・・・キスしますか、普通!? 挙げ句の果てに、舌まで入れやがって! いとも簡単に人のファーストキスを奪いやがってっ! 俺の初めてを返しやがれっ!」

「あはは、どもっちゃってまぁ。初心なんだねぇ。それにしても、初めてかぁ・・・。ふふん、それなら問題はないね、ボクも初めてだ。これで、おあいこだよ? そもそも、ボクはきちんと宣言したからねぇ。それでも起きないキミが悪いんだよ」

 そういう問題じゃねぇっ! てか、お前も初めてだぁっ!?

「お前には、ロマンチックの欠片もないのかっ! こんな事にファーストキスを使うとは、どういう了見だっ!?」

 俺が半泣きで叫ぶと、こいつは・・・御堂円は。ニヤニヤ笑いを穏やかな微笑に変えて言いやがった。

「いやだなぁ、こんな事とは失礼な。キミを起こす為だから、こんな事をしたんじゃないか。他の男が相手だったら、キスどころか朝に起こすなんて事もしないよ、ボクは」

 ・・・・・・言い切りやがった。そこまで断言されてしまうと、嬉しいやら恥ずかしいやら。要するに・・・俺はこいつのことが嫌いじゃないのだから。

「ほら、そんな事より。早く支度をしないと、遅刻するよ? キミはただでさえ遅刻が多いんだからねぇ」

「・・悪かったな。ほら、着替えるから出てけ」

「早くしておくれよ? もう、七時四十分を過ぎた所だからね」

「っ、はぁっ!? やべぇじゃねぇか、遅刻するっ! おら、さっさと出てけっ!」

 

 そうやって、今朝も。慌ただしく、騒がしく。

 しかし、それが俺の日常なのだ。なぁに、慣れちまえば何てことはないさ。

 だってほら、隣でこいつが笑っているんだから。それなら、何だって出来るさ。

 

 さぁ、一日を始めよう。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

 

「・・・・・・で? 結局、遅刻したわけだが。コレ、俺の責任じゃないよなぁ?」

「いやいや、何て事を言うのかなぁ、キミは。総合的に見れば、キミがなかなか起きなかった事も遅刻の原因の一つではあるんだよ?」

 確かに、それは事実だが。かといって、その台詞を容認するわけにはいかないだろ。

「それでも、俺が着替え終わって家を出た時には、走れば間に合うほどの時間的余裕はあったんじゃねぇか?」

 それなのに、なんで遅刻したかって。

「いや、しかしだね。健康的な一日の生活を送るに当たって、朝食というモノは必要不可欠だと、ボクは思うんだが。そこのところ、キミの見解はどうだろう?」

 そう、そうなのだ。コイツは何を考えたか、学校までの全力マラソンの途中で、唐突に腹が減ったと喚き始めたのだ。

「確かに、空腹は我慢しがたい生理現象ではあるけどな。それにしたって、あのタイミングはないんじゃねぇか?」

 ダッシュにダッシュを重ね、坂を駆け上がり、交差点を突破し、後もう少しで校門が見えるという時に、最後の横断歩道で信号に引っかかってしまったのだ。だが、そんな事は問題じゃない。信号が青に変わるのを待てばいいだけだ。そうだろう? 普通に待ってれば、一分近くで済む話だ。それなのに、こいつときたら。

「そうだ。今のうちに、コンビニでご飯買っていこうか。朝は食べてきてないから、お腹が空いているんだよ」

 何が今のうちか。そんな事してたら、確実に遅刻するっつーの。我慢しろ、我慢。昼になったら学食に行けばいいだろう。

「空腹時に食事をする事は、健康な生活の基本だよ」

 そういって、強引にコンビニで買い物をしていたら、時刻は八時十五分。そこからダッシュで学校に来て、今に至るわけだ。

「んで。教師共に見つからないように、廊下をしゃがんで歩いてるこの状況、どうよ」

「うん、これはこれで、中々にスリリングじゃぁないか。滅多に出来ない体験だよ?」

「滅多にしたくない体験だがな」

 互いに軽口を叩きつつも、やってきました。教室の前です。

「うっわぁ、怖ぇ。この扉を開けるのが、滅茶苦茶恐ぇ!」

「何、勇気を出して前へと進むがいいさ」

「ちっくしょう・・・・・・」

 言いつつ、床に這いつくばりながら俺は教室の扉を開ける。途端、こちらに向けられる視線の渦。

「うわ・・・うわぁっ・・・! 見ないで下さいっ、こんな惨めな俺を見ないで下さいっ!」

 俺は小声で叫びつつ、教室の床を匍匐前進。確実に、着実に、自分の席へと近づいている。

「よし・・・・・・もう少し」

 俺の呟きに、予期せぬ所から返事が返ってくる。

「残念ー、ここでリタイアだぁ」

「・・・・・・」

 右を見ても、誰もいない。左を見ても、誰もいない。ついでに前にもいない。後ろを見れば、同じく匍匐前進で進んでいる円が、不思議そうな顔をしている。

 さて・・・・・・この声は、どこからするのだろう?

「・・・・・・・・・上?」

 自分の言葉に納得する。なるほど、上か。んで、上を見ると。

「・・・・・・や、間那姉。おはよう」

 担任にして俺の従姉である紅月間那(こうづきまな)が、満面の笑顔で俺を覗き込んでいた。

「かはは、おはようさん、在弥。んで、おやすみ」

 台詞と同時に、背中に激痛が走る。

「うわ痛っ! ふ、踏みやがってんのかてめぇっ! 痛ぇ、いたっ、ふざけんなこのっ!」

「あぁ!? てめぇがふざけんなよっ!? 遅刻した挙げ句にこの私をてめぇ呼ばわりだぁ!? いい度胸じゃねぇか、身の程を弁えて、平謝れ、虫けらがっ!」

 言いながら、脇腹をガシガシと蹴り付けてくる。

 くっそ・・・この女、本当に容赦ねぇ・・・・・・。

 そんな事を考えながら、意識が、段々・・・薄れて・・・・・・。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

 

「・・・」

 ・・・・・・。

「・・・・・・・・・」

 ・・・・・・・・・・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・あれっ!?」

 んで、気がついたら保健室のベッドの中。うわぁ・・・びっくりだよ。

「今・・・何時だ?」

 時計をみて、二度びっくり。

「もう、放課後じゃねぇか」

 俺、そんなに気絶してたのか。凄ぇな、俺。

「てか・・・・・・まじで?」

 まじで。やっべぇなぁ・・・当分は間那姉には会いたくねぇなぁ・・・・・・。なんて思っていたら、カラカラと音を立てて、保健室のドアが開いた。

「んー?」

 なんとなくそちらを見ると、そこに立っているのは。おぉぅ、何とまぁ、我が腐れ縁、御堂円サンではないですか。さらには、その後ろにいるのは、我が愛すべき双子の妹、箱塚皆無(はこづかみなな)ではないですか。

「どうしたね、二人揃ってウェルカムで」

 俺が言うと、皆無は怒ったように言う。

「どうしたじゃないよっ! 全く、唐突に匍匐前進で教室に入ってきたかと思ったら、そのままリタイアかよっ! びっくりだよっ!」

「いや、俺もびっくりだ。気付いたら放課後だよ。まいっちゃうね」

 すると、なぜか知らんが、円がキレ口調で喚き始める。

「まったくねっ! まいっちゃうねっ! キミのおかげで、貴重な学校イベントは、全部スキップだよ! 平穏な日常、ただし三分の一はカット、みたいなっ! 謝りたまえ、とりあえずは色んな人に謝るんだよっ!」

「・・・・・・何キレてんですか」

「謝れと言っているだろうっ!」

「・・・・・・ゴメンナサイ」

 ・・・・・・あれ? 何で俺、謝ってるの。てか、誰に謝ってるの? ・・・・・・あれ?

「まぁまぁ、それより、早く帰ろうよ。そろそろ、外が暗くなるよ」

 よし、皆無よ、ナイスフォロー! 家に帰ったらナデナデしてやろう。

「そうだねぇ、帰ろうか。実の所、ボクはお腹が空いてたまらないのだよ」

「うっわ、お前まだそのネタ引き擦ってんの!? いいかげん、食い意地キャラは飽きたぞ」

 なんて軽口を叩き合いながら、俺達は夕暮れの中を三人で歩く。

 ・・・・・・気分的には、登校してきてすぐに下校してる感じ。

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

 

 

「ふぅ・・・・・・」

 家に帰ってきてすぐに、円も交えた夕食を終わらせた。ちなみに、俺の家は両親が死んで皆無と二人暮らし。

 円の家は父親が海外に長期出張中、母親もそれに着いていってるので、実質一人暮らしだ。だから、夕食はいつもこの三人で取っているわけだが。

「・・・ただし」

 何故か女二人は料理が作れんので、俺が毎日台所に立っているわけだが。

「・・・やってられん」

 しっかし、まぁ。今日は、随分とグダグダのうちに一日が終わった感じだな。体もまだ痛いし・・・。

 そう思いながら、時計を見る。

「まだ、九時過ぎか・・・」

 普通に寝るには早過ぎるが。

「今日は疲れたしなぁ・・・・・・」

 いいや、寝ちまおう。

 思い、俺はベッドに倒れ込む。体も睡眠を欲していたらしく、どんどん瞼が落ちてくる。

「・・・・・・おやすみぃ」

 誰にというわけでもなく呟いたその言葉に、微かに返事が返ってきた・・・・・・ような気がした。

 

 

 

 

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 ――――――ピピッピピピッピピピッピピピッ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 ――――――ピピッピピピッピピピッピピピッ。

 

「・・・・・・んむぅー」

 

 ――――――ピピッピピピッピピピッピピピッ。

 

「・・・うだーー」

 

 ――――――ピピッピピピッピピピッピピピッ。

 

「うるせーーー!!」

 

 ――――――ピピッピピピッカチャ。

 

「・・・・・・・・・」

 眠い。目覚ましが鳴っていたが、既に止めた。だが、眠い。やたら眠い。よっぽど疲れてたんだな。

 お疲れ、俺。頑張ったな、俺。俺がそれを認めてやる。だから、もう休んでいいんだぞ、俺。・・・ありがとう、俺。お言葉に甘えるよ。それじゃぁ、お休み、俺。

「・・・・・・ぐぅ」

「さぁ、起きるんだっ! 朝だよ、素晴らしい朝だよっ! 今日はいい天気だ、風も清々しいじゃないかっ! さぁ、こんな日は早く起きるに越した事はないんだよっ!」

「・・・・・・」

 円、か。だが、そうは言うがな。俺は眠いんだよ。眠い時は、寝る。常識だろ? だって、人間だからな。

「起きないと、またチューしちゃうぞー?」

「おはよう、円。爽やかな朝だなっ!」

 目が覚めた。超覚めた。むしろ冷めた。凄ぇ勢いで起きたよ、俺。何か、円が凄い目で睨んでるし。

「・・・・・・何、そんなにボクがキスするのは嫌なのかい?」

「嫌だよっ! いや、嫌じゃねぇけどっ! いや、違ぇよ! だから、恥ずかしいんだよ! 何言わせんだよ!」

 途端、ケラケラと笑い出す円。

「あはは、パニくってる、パニくってる」

 くっそ・・・いつも、こいつのペースに乗せられちまうんだよな。だがまぁ、悪い気はしない・・・なんて。こつには絶対に言わないけどな。さて、時計を見れば。・・・・・・あれ? 俺、目覚ましのセット時間間違えたかな? 八時を過ぎているように見えるんだが。 

「・・・あれ、おかしいな。円サンや、今は何時だい?」

「あはは、八時三分十七秒だね。いやぁ、ヤバい時間だねぇ」

「・・・・・・」

「・・・あはっ♪」

「やっべぇぇぇっ!!! 遅刻じゃねぇかよっ! 完全に遅刻だよっ! また間那姉に半殺しにされるよ! おら、着替えるから、さっさと出てけっ!」

「あいあいさー」

 部屋から円を叩き出し、二十秒で着替えを済ませ、鞄をひっ掴むと、部屋を飛び出す。

「おまたせっ、行くぞ!」

「うん、行こう」

 やけにのんびりしてる円と一緒に玄関を開けて、俺びっくり。

「・・・・・・・・・あれぇ?」

「真っ暗だねぇ?」

「・・・・・・なにこれ、皆既日食?」

「いやいや、そんな訳ないだろう?」

 平然と言ってるが。つまり、なんだ。

「もしかして、今・・・まだ、朝じゃないのか?」

「うん、勿論」

「・・・・・・今、何時だ?」

「十二時、六分だね。ちょうど日付が変わった瞬間にキミを起こしたから」

「・・・・・・」

「・・・・・・あはっ♪」

「・・・・・・何故?」

「あはは、だって、今日は四月一日だよ? エイプリルフールだよ? だったら、嘘をつくのは当然だろう?」

「・・・・・・・・・最悪だ。エイプリルフールになった瞬間に嘘つきやがったのか」

「うん、そういう事だね」

「・・・・・・」

 ・・・・・・まいったな。こいつには敵わねぇよ。

「・・・部屋、戻るか」

「そうだね、ボクも流石に、まだ眠いよ」

「・・・馬鹿だろ、お前」

「いやいや、最高の誉め言葉だね、それは」

「・・・・・・」

 俺はげんなりしながら、部屋に戻ってパジャマに着替え直す。それにしても・・・。

「時計の時間を変えてまで・・・手が込んでるというかなんというか・・・」

「周到だろう?」

「ったく・・・その労力を他に回せよ」

 言いながら、俺は時計の時間を合わせ終える。

「んじゃ、俺は寝る。おやすみ」

「うん、おやすみ」

 そう言って、俺は電気を消す。しかし、円が出ていく気配はない。

「んー・・・? どうしたよ、お前は寝ないのか?」

 聞くと、円はクスリと小さく笑って言った。

「もちろん寝るさ。ここでね?」

「・・・・・・はぁ? ・・・あぁ・・・それも嘘か」

「いやいや、嘘じゃないんだな、これが。そもそも、何でここまで手の込んだ事をしたかって。昨日、キミがずっと保健室で寝ていたせいで、ボクは非常につまらない思いをした訳だよ。だから、その埋め合わせをして貰おう。というわけだ、一緒に寝よう、在弥」

「・・・・・・・・・面白い冗談だな」

「ありがと」

 言いつつ、円は俺のベッドに潜り込んでくる。

「・・・本気かよ」

「本気と書いてまじさ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 なんとなく、黙ってみる。円も、何も言わない。ただ・・・昔はこうやって一緒に寝ていたかな、なんて。そんな事を思い出して。

「・・・ったく。今日だけだからな」

 俺がそういえば。何がそんなに嬉しいのか、こいつは満面の笑みで頷きやがる。

「うんっ♪ えへへっ♪」

 そして、何が楽しいのか、コイツは笑顔のまま、体を擦り寄せてきやがった。

「・・・近い」

「いいじゃないか、減るもんじゃないし」

「・・・・・・精神が擦り減る」

「嬉しいねぇ」

 そんな軽口を叩きながら、内心ドギマギ。普段は男口調で話してるけど、こいつだって女なんだと、改めて実感。こいつ、身長小さいからなぁ・・・普段は俺の腹ぐらいまでしかないわけで。こんな風に、胸元に顔を埋めてくるなんてのは、珍しい経験な訳で。

「・・・・・・」

 俺の顎をくすぐる、やたら柔らかい髪の毛からは、仄かにシャンプーの香りがして。さらにドキドキ。なんで、こんな状況に陥ってるんだろう、俺。

「・・・ぅん・・・・・・あったかぃ」

 ポツリと、円が呟く。我に返った俺の顔を見て、クスクスと笑ってる。・・・何で、こいつは。こんなにも、幸せそうな顔をしているんだろう。

「・・・・・・お前、今。幸せか?」

 なんともなしに尋ねると、円は眠そうな顔に満面の笑みを浮かべて答える。

「もちろん、幸せだよ? キミと一緒にいられれば、いつだってボクは幸せなんだ」

「・・・・・・そっか」

 なんだ、簡単じゃないか。要は、俺も同じだって事だ。俺も、こいつと一緒にいるだけで、満足なんだ。

「・・・」

 なんとなく嬉しくなって、円の体をそっと抱き締める。柔らかくて、華奢で、今にも折れそうな幼馴染みの体を、優しく抱き締める。

「・・・・・・在弥?」

「・・・・・・ん?」

「・・・・・・えへへ。何でもない」

「・・・・・・そうか」

 照れたように笑って、円も俺の体を抱き締めてくる。あぁ・・・・・・これだけの事が、こんなにも幸せなんだ。

「・・・・・・幸せだな」

「うん・・・幸せだよ」

 互いの温もりを感じながら、俺と円は穏やかな眠りに落ちていく。

「・・・・・・」

そういえば。眠りに落ちる直前。最後の最後で、こいつはとんでもない事を言いやがった。

「・・・・・・そう、いえば。もう一つ、嘘ついたよ。普段から時間管理を怠っているキミは、気付かなかっただろうけど」

 そういって、クスリと笑い。

「今日は土曜だから、学校は休みだよ?」

 そう、言った。

「・・・・・・・・・」

 なんて事だ。それじゃぁ、アレか。朝が来ても、寝てていいわけだ。円と一緒に、ベッドの中でヌクヌクと惰眠を貪れるわけだ。それはそれは・・・・・・あぁ。幸せじゃぁ、ないか。

「・・・おやすみ、円」

「うん。おやすみ、在弥」

 そうして。今度こそ、俺は深い眠りに落ちていく。次に目を覚ました時、俺の隣では円が寝ているわけだ。円の寝顔が、見れるわけだ。

「・・・・・・」

 

 

 

 ―――――――明日は早起きしようと、決心した。

 

 

 

 

 

 

─── Fin