星に願いを、だなんて。
 そんな子供染みた空想に縋るのは、惨めだろうか。
 それでも、僕はもう一度。
 君の声が、聞きたいんだ。
 だから、さぁ、祈ろうか。
 なに、短冊なら山程あるさ。
 君と話したい事も、沢山ある。
 今夜は、丁度晴れているしね。
 星が綺麗に見える夜だから、さ。
 丁度良い、二人で語り明かそうか。

 

 ――――――そう、この七夕の夜に。

 

 

 

 

  〜七夕恋歌〜

 

 

 

 

 思えば、何時からだろう。
 気付けば、彼女は僕の隣にいて。
 僕は彼女の隣にいた。
 幼馴染み、というものだろうか。
 物心付いた時から、僕は彼女を見ていた。
 彼女の泣いた顔、怒った顔、困った顔、恥ずかしそうな顔、嬉しそうな顔。
 僕は、彼女のくるくる変わるその表情が好きで。
 中でも一番好きだったのは、その笑顔。
 彼女は、良く笑っていた。
 おそらく、普段のデフォルトの表情が既に笑顔だったのではないだろうか。
 それも、張り付いたような笑みではなく。
 社会に媚びるような卑屈な笑みでもなく。
 ましてや、歪んだ自嘲の笑みですらなく。
 そう、彼女は本当に嬉しそうに、幸せそうに、楽しそうに笑うんだ。
 僕は、一度彼女に聞いた事があった。
 「なぁ、姫。なんで毎日笑ってるんだ? 何か、楽しい事でもあるか?」
 僕の言葉に、彼女―――七瀬ななせ姫之ひめのは、やっぱり笑顔で。
 こう、答えた。
 「うん、楽しいよっ! 生きてるだけで、楽しいよ」
 そして、少し顔を赤らめて、こうも言った。
 「それに・・・・・・イノと一緒にいると、もっと楽しいよ・・・?」
 その言葉を聞いた時、僕は―――言葉ことのはいのりは思ったのだ。
 ソレを一目惚れ、だなんて簡単な言葉で表現するのは厭だけど・・・。
 そう、言うなれば、それは誓いだ。
 姫之に対する誓い。
 そして、なにより自分自身に対する誓い。
 「そっか・・・それなら」
 今思えば、赤面物の台詞。
 自分でも青いと思う。
 だけど、その時はそんな言葉しか思いつかなくて。
 それでも、僕の気持ちを表すのには十分だったから。
 「それなら、僕はずっと、死ぬまで姫の側にいるよ」
 それが、僕の気持ち。
 今でも変わらない、僕の恋心。
 僕は、君が好きでした。
 僕は、君を愛していました。
 僕は、今も君が好きです。
 僕は、今も君を愛しています。
 そして僕は、死ぬまで君の事を好きでいるでしょう。
 そして僕は、死ぬまで君の事を愛し続けるでしょう。
 そう、誓った。

 

 

 ――――――誓ったんだ。

 

 

 

 「・・・・・・それなのにさー」
 僕は小さく溜息を吐く。
 「なんで、僕を残して逝っちゃうかなぁ」
 僕の、思いは。
 「僕は、姫がいたから人生が楽しいと思えたのにさ」
 僕の、誓いは。
 「姫がいなかったら、つまんないじゃんかよー」
 僕の、願いは。
 「本当に・・・さ。どうしてくれるんだよ」
 僕の、祈りは。
 「どうして・・・・・・くれるんだよっ」
 君に、届いているだろうか。 
 「なぁ・・・姫」
 僕は、小さく嗚咽を漏らす。
 「姫ぇ・・・聞いてるのかよー」
 空を見上げて、僕はボロボロと涙を零す。
 握り締めた短冊の文字が、涙で滲んで掠れて。
 ・・・きっと、それは空耳だろう。
 だけど、彼女はきっとこう言うんだろう、と。
 僕は虚空に耳を澄ます。
 『なんだよー、イノ。泣いてるの? 男の子だろー』
 「・・・ふん、僕が泣いちゃ悪いかよ」
 『別に良いけどさー、情けないぞー?』
 「・・・そんな事言うなよ、本気で悲しいんだから」
 『そんなに悲しむなよー、私だってもっとイノの隣にいたかったやい』
 「いれば・・・・・・良かったじゃないか」
 『えぇい、子供のような駄々をこねるんじゃなーい』
 彼女は、こんな時でもやっぱり笑顔で。
 『笑顔でいれば、楽しいでしょーう』
 そう言って、笑う。
 「・・・なんだよ、馬鹿みたいに笑ってさ」
 『馬鹿とか言うなーっ! 笑ってた方が良いのっ! だから、イノも笑うのーっ!』
 「・・・・・・なんだよ、馬鹿」
 僕は、涙を拭って、クスリと笑う。
 涙はまだ止まらないけれど。
 それでも、僕は笑う。
 「なぁ、姫」
 『なんだよー、イノ』
 「僕は、笑えているだろう?」
 『うんうん、良い笑顔だ。惚れ直しちゃうぜ』
 「君も、笑えているんだろう?」
 『とーぜん、そっちの方が楽しいからねー』
 「そっか・・・・・・楽しいか」
 『そうそう、楽しいんだよ』
 「そっか、安心したよ」
 『おぉう、安心するがいい』
 「・・・ふふっ」
 僕は小さく笑って。
 手の中の短冊をくしゃりと握り潰す。
 文字にしなくても、僕の気持ちは伝わった。
 それなら、これを飾るのは無粋だろう。
 「さぁ、それじゃあ明日も楽しく生きようか」
 『おぅ、私の分まで、楽しく生きるのだ』
 「それじゃぁ、また」
 『うん、きっとまた』
 「『来年の、七夕に』」
 そうして、別れを告げ・・・・・・。

 

 

 

 

 ・・・・・・気付けば、空は明るくて。
 きっと今は、七月八日の朝。
 夢か現か幻か。
 なんだろうと、関係はない。
 僕は、姫と約束をしたのだ。
 来年の七夕になれば、また会える。
 こんな事を思う僕は、狂っているのだろうか?
 無様だろうか?
 惨めだろうか?
 いや、きっと違うだろう。
 だって、僕は今、笑えているじゃないか。
 頬を伝う涙の跡は、もう乾いている。
 「一年、か・・・・・・」
 長いなぁ。それまでやっていけるかなぁ、僕。
 「いけるさ・・・・・・きっと」
 笑顔なら、どこまででも。
 君の笑顔を胸に。
 君との約束を胸に。
 あの星空の向こうの君を夢見て。
 今日も、僕は生きていくんだろうね。

 

 

 

 ――――――さて、それじゃあ今日も、楽しく生きようか。