〜彼女と日常の土曜日.AM〜

 

 

 今日は、塔子さんを待たせないように、早く起きてみた。・・・・・・まだ、太陽が上っていなかった。

「まぁ・・・・・・いいけどね」

 そう言えば、ここから夕日を眺めたことはあっても、朝日が昇るのを見たことはなかったかな。あ、なんかいいかも。

「綺麗だろうなぁ・・・・・・」

 うわ。凄い、楽しみかも。

 こう見えても、僕はロマンチストなのだ。・・・すいません、嘘です。

 でもまぁ、たまにはいいじゃないか? 学校の屋上から日の出を眺めるってのもさ。

 考え始めたら、だんだん楽しみになってきた。こういうワクワクするような気持ち、最近味わってなかったなぁ。

 塔子さんと一緒にいると楽しいけど、ワクワクっていうよりは、落ち着くような、のんびりした感じだからかなぁ。

「んーー、それにしても、眠いかなぁ。でも、今寝ちゃったら、日の出見れないよなぁ」

 やばい、一度考え始めたら、眠気が徐々に増していく・・・。

「あー・・・・・・うぉらぁっ!」

 壁に頭を打ち付けてみた。凄く痛かった。ばっちり目が醒めた。てか、頭が冷めた。

「あぁーーーーーー、お星様が・・・・・・」

 なんて戯言が口から漏れる。お星様? 今、僕は日の出を待ってるんじゃなかったか? あれ?

「いけないねぇ。思わず意識がトビかけたよ」

 なんて言ってるうちに、また眠気が襲ってくる。

「くぅっ、負けるな僕。日の出は・・・日の出の栄光はすぐそこにっ!!!」

 と、その時。

 ガチャリと、音を立てて。階下に繋がる扉が開かれた。

 そこからひょっこりと姿を現したのは、何でというか、やっぱりというか。塔子さんだった。

 はにかんだような笑みを浮かべて、トコトコと僕の所に歩いてくる。

 うわぁ・・・目が醒めた。頭も爽快だよ。すっきり爽やか。

 嬉しいな、朝から塔子さんに会えるなんて。って、いやいや、違うよ。

「どうしたの、塔子さん! こんな朝早くから」

 僕の声に塔子さんは、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、詠うように声を紡ぐ。

「奏士くんがね? もう、起きてるかなぁ、って思って。もうすぐ、朝日が昇るでしょ? もし起きてたら、奏士くんと一緒に眺めたいなぁ、って。駄目かな?」

 あぁ・・・・・・ロマンチスト万歳! 

「駄目じゃないよ、もちろん。フェンスのところまで行こう? あそこからだと、よく見えるんだ」

「うんっ!」

 そう言って、塔子さんは本当に嬉しそうに笑う。

 あぁ・・・・・・この笑顔に、僕は惹かれたんだよなぁ。

 思いながら、塔子さんと一緒に、フェンスの傍に近づく。

 それからしばらく、僕と塔子さんは取り留めのない話をしていた。それは他の人が聞いたらどうでもいいような、世間話だったかもしれない。耳から耳へと流れ出ていく、そう言った類の話だったかもしれない。それでも、僕は。いや、この時だけは確信していた。

 断言する。塔子さんも幸せだった。そして、僕たちは幸せな時間を。何物にも変えがたい、幸せな時間を過ごしていた。やがて───────────。

「あ、ほら。奏士くん、太陽見えてきたよっ」

「ほんとだ。うわぁ・・・・・・綺麗、だな。本当に、綺麗だ」

 呟くように息を吐くと、僕はその光景に見入る。

 薄暗い地平線から、太陽が昇ってくる姿は、ただ堕ちていくだけの僕とは対照的で。だからこそ、とても雄大で。僕の心は、自然と静まり返っていた。

 ふと。僕の隣にいる塔子さんは、どんな顔でこの太陽を眺めているのだろうと。そう、思った。

 そして、僕は。横を向き。彼女の涙を見る。

「塔子・・・さん?」

 彼女は、声も上げず。静かに、ただ涙を流して。太陽を食い入る様に見つめながら、泣いていた。

 僕の声が聞こえたのか、彼女はゆっくりと振り向くと、僕と合った目を逸らし、恥ずかしそうな表情で、もう一度こちらを見る。今度は、目を逸らさなかった。しっかりと僕の目を見つめている。

 そして、恥ずかしそうに笑う。

「ごめん・・・なんか、思わず泣いちゃった」

「思わず・・・?」

 僕が聞くと、彼女は恥ずかしそうに頷く。

「うん・・・。だって、君と一緒に。初めて出来た友達と一緒にこうやって日の出を見てるなんて。嬉し、かったから」

「・・・そっか。僕も、嬉しいよ。塔子さんと一緒にこうやって綺麗な朝日が見られて」

 そう言いながら塔子さんの頬に手を伸ばすと、指で涙を拭い取る。キザな行動かとも思ったが、その時は、そうするのが自然だと思った。だから、僕は塔子さんの涙を拭って、笑いかける。彼女もそれを見て、少し恥ずかしそうな、それでも嬉しさが溢れるような笑みを浮かべて、僕の顔を見詰めている。

 互いの間に、言葉は要らなかった。

 二日前に出会ったばかりだけど。まだ、お互いのことも全然知らない二人だけど。

 

 こうしているだけで、幸せだった。

 

 僕はフェンスに背を預けて、その場に座り込む。塔子さんも僕の隣に腰を下ろし、僕の肩に頭を預けてきた。

 そうして、僕たち二人は。今はもう高く上った太陽の光に包まれながら。ずっとそうして、座っていた。

 

 

 

 

島島島島島

 

 

 

 

「今日は、学校休みだからね。ずっとこうして、奏士くんと一緒にいられるよ」

 そう言いながら、塔子さんは本当に嬉しそうに笑う。その笑顔に僕も頷きながら、言う。

「今日は、どうしようか。ただ座ってるだけでも楽しいけど、たまには何かしてみない?」

「そう、だねぇ・・・・・・ふわぁ」

 塔子さんは僕の言葉に頷きながら、小さく欠伸を漏らす。

「そういえば、塔子さん。昨日は十二時ごろまで僕と話してたし、それから帰って、今日の朝早く来て。まだ、眠いんじゃない?」

「そんな事、ないよぅ・・・・・・うぅ」

 そう言いながらも、うつらうつらと、船を漕いでいる。

「ねぇ・・・・・・今日は沢山時間があるんだし、少し眠ったら? 僕も少し、眠いし」

 僕がそう言うと、彼女はぼんやりとした、少し潤んだ瞳で、上目遣いに僕の事を覗き込んで来ると、一言、呟いた。

「膝枕・・・して欲しいな」

 そういって、僕の目を覗き込んでくる。僅かな揺らぎもない、純粋で真っ直ぐな瞳。僕はその瞳につられて、小さく肯く。

「・・・うん。塔子さんがそうしたいなら」

 僕の言葉に、塔子さんは華のように晴れやかな笑顔を浮かべる。

 素直に、可愛いと思った。

 僕は背をフェンスに預けたまま、横に投げ出していた足を正座に変える。石の床の上での正座は少しきついが、なに、構やしない。

 足をポンポンと手で叩くと、塔子さんは嬉しそうに笑って、僕の膝に頭を預けてくる。重くは、ない。寧ろ軽すぎるほどの重みが、心地良い。彼女はといえば、すぐに寝息を立てている。

「・・・本当に、可愛いな・・・」

 安心しきった顔でスゥスゥと寝息を立てている彼女の顔に掛かった髪を払うと、その髪を優しく撫でる。

 そうしているうちに、僕もだんだん眠くなる。

 

 あぁ・・・平和だな。また、塔子さんと一緒に、朝日見られたらいいな・・・。