〜彼女と日常の土曜日.PM〜
「ん・・・あぁーー。よく寝たぁ・・・」
体を伸ばしながら空を仰ぐと、既に太陽は真上にあった。塔子さんを見ると、こちらも今起きたようで、目を擦りながら僕の顔をぼんやりと眺めている。僕は柔らかく微笑みながら、優しく声を掛ける。
「おはよう、塔子さん。お昼になっちゃったね?」
しかし、彼女は何の反応も見せないまま、ぼんやりと僕の顔を眺め続けている。と、おもむろに、ガバリと僕に抱き付いてくる。
「んなっ、なななな、と、塔子さん!?」
僕は慌てて声を上げるが、彼女は僕の肩に顔を預けたまま動かない。よく聞くと、微かに寝息を立てている。どうやら、再び寝入ってしまったようだ。
「・・・ふぅ」
僕は小さく息を吐くと、思わず苦笑する。
ここまで無防備に僕に抱きつけるのは何故だろう。それは、僕にとっても同じこと。
「彼女も、僕と同じ気持ちでいてくれるのかな?」
二人で一緒にいると感じる、この安心感。
好きだから、だけじゃ、理由にはならないだろう。それはきっと、彼女の持つ暖かさや、優しさが分かるから。
それならば、僕が感じているその気持ちを、彼女も僕に対して感じてくれているのだろうか。
もしそうなのだとしたら。僕は、優しい人間、なのだろうか?
僕は、彼女にとっての何なのだろうか。
僕は、その答えが知りたい。
彼女の口から、直接。その言葉を聞きたい。
そう思うのは、僕の身勝手なのだろうか。
と、そこまで考えた時。僕の腕の中で、塔子さんが僅かに身動ぎをする。しかし、起きる気配はまだない。
「君は・・・僕のことをどう思っているのかな?」
なんとなく口に出して、呟いてみる。
当然、答えが返ってくるはずもなく。僕は微かに苦笑を漏らすと、彼女の背中を優しく撫でる。線の細いその背中は、あまりにも小さく。だからこそ、守ってあげたくなると。そう、心から思った。
島島島島島刀@
「ん・・・ふぁぁぁ・・・。おはよぅー、奏士くん。今、何時ぐらいかなぁ・・・?」
ようやく目を覚ました塔子さんに、僕は苦笑で返す。
「もう、夕方かな? 正確な時間は分からないけど。もうすぐ、日が沈むよ」
「ふ、ふぇぇぇっ!? も、もうそんな時間なのっ!?」
彼女は叫びながら、慌てたように起き上がり、不思議そうな顔をする。
「あ・・・あれ?」
しきりに首を傾げる仕草が可愛いと思いながらも、僕は聞く。
「どうか、した?」
僕の声に、彼女はゆっくりと僕の顔を見る。そして、一瞬の間を空けて。彼女の顔が、これでもかというくらいの深紅に染まる。
「あ、う、うわわわわ」
そして、意味の分からない声を出している。僕が不思議そうな顔で首を傾げると、彼女は真っ赤になったまま、小さく呟く。
「ひ、膝枕・・・してて、くれたんだね?」
覚えて、いなかったのだろうか? そういえば、あの時の彼女は寝惚けていたような気もする。
それでも、そこまで赤くなるような事なのだろうか? 純真、なんだろうなぁ。
等と思いつつ、僕は小さく微笑む。すると、彼女も微かに顔を赤くしたまま、恥ずかしそうに微笑みかけてくる。こうして、彼女と一緒に笑い合うのも、何度目だろう。まだ、会って何日も経っていないのに。もう、何回も、何回も。数え切れないくらい、こうして笑い合った気がする。
彼女といることが、当たり前のような気がして。もう、ずっと前から、彼女と一緒にいるような気がして。それが、日常になっている自分に。塔子さんと一緒にいる事が、日常になっている自分に。改めて、気付く。
それは、僕にとって。たった一人の親友も守ることの出来なかった僕にとって。孤独を知る僕にとって。とても幸せで。幸せで、同時に不安でもあった。
僕は、塔子さんのことが好きだ。
塔子さんがどう思っているかは分からないけれど、嫌ってはいないだろう。僕達は仲良くやっていけると、そう思う。
でも、しかし。だが、しかし。この幸せな時間は、この幸福は、この日常は。いつまで、続くのだろうか。
何も、分からない。幽霊という存在の全容が、分からない。いつまでこうしていられるか、分からない。
もしかしたら、明日にも僕はいなくなるかも知れない。そうなる前に。僕は、彼女に素直な気持ちを伝えなければならない。
もしかしたら、それは。いつか来るだろう別れの時に、悲しみを大きくさせるだけかもしれない。
それでも、僕は。彼女の事が、好きだから。迷うことはない。惑うことはない。轟然と、悠然と、雄大に、壮大に、立ち向かう。
この気持ちを、素直な気持ちを、混じり気のない気持ちを、純粋な、気持ちを。伝える。ただ、それだけで、いいんだ。
だから、僕は。伝えよう、彼女に。今すぐは、無理かもしれない。僕にだって、心の準備ぐらいあるさ。それでも、必ず。
「どうしたの・・・かな? 難しい顔してる。どこか、痛い?」
唐突に、塔子さんの声で。現実に。日常に、引き戻される。彼女を見ると、心配そうな顔で、僕の顔を見詰めている。
「いや・・・なんでも、ないよ」
僕はそう言って、小さく笑う。
そう、なんでもないんだ。伝えるだけで、いいんだ。
僕は、笑い返してくる彼女の顔を見詰めながら、そう思う。涼しい風を纏いながら。それでいて、暖かな空気を孕んだ夕焼けが。
僕達を、紅く、赤く照らし、包んでいた。