〜彼女と誓う日曜日〜

 

 

「おはよぅー、奏士くん。今日もいい天気だねぇーー」

 朝。僕が眠い目を擦りながら朝日が昇りかけている地平線をぼんやりと眺めていると、相変わらずのハイテンションで塔子さんが扉を開けてやって来た。

 あぁ・・・人に会うことが、こんなに楽しみだとは思わなかったなぁ・・・。

 と、挨拶を返す。

「おはよう、塔子さん。今日も元気だねぇ」

 この挨拶も、いつも通り。

 だけど、今日は。

 いつも通りの挨拶を返せたことに、内心ほっとする。

 だって、今日は。

「今日は何しようかぁ、奏士くん? 暇だよぅー」

 彼女は無邪気に笑いながら、僕のほうに向かってくる。

 僕は嬉しさで緩みそうになる頬を押さえながら、小さく自分に気合を入れる。

「大丈夫、大丈夫。伝える、だけだから」

「ん? どうしたのかな? 奏士くん、顔が真っ赤だよ?」

 そう言って、彼女はクスクスと笑う。

 純粋で、無垢な、彼女の顔を、僕はじっと見詰める。

「あれ? 何かな何かな? 私の顔に、何かついてる?」

 そう言って、首を傾げながら自分の顔をペタペタと触っている塔子さんの肩を柔らかく掴み、僕の方へと振り向かせる。

「あ、え・・・え、あれ? ななな、なんなのかな?」

 慌てたように早口で言う彼女の顔を見ると、

 小さく息を吸い、

 心の内を、

 声にして紡ぐ。

 

「君に、伝えたいことがある」

 

「あ・・・えっと・・・・・・何、かな?」

 戸惑いながらも、真摯な表情で。彼女は、僕の言葉に耳を傾ける。僕は、もう一度息を吸い。

「僕は、君が。舘華塔子さんが、好きだ。会った、ばかりだけど。まだ、君の事をよく知らないけれど。それでも、僕は。君が、好きだ」

「・・・」

 僕は、自分の言葉を紡ぎ終える。

 後はもう、何も言う事はない。彼女の言葉を、待つだけだ。

 塔子さんの顔を見詰めていると、彼女は驚く程、静かな。澄んだ瞳で、僕の顔を見詰めてくる。そして、震える声で、尋ねてくる。

 

「君・・・は。私のどこを好きになったのかな?」

 

 僕は、その問いに。驚くほど早く。即答の勢いで、答える。

「君が、優しい娘だから。君が、優しくて、暖かくて、一緒にいると落ち着けて、それでいて楽しくて。そんな君が、好きだから」

 僕の答えに、彼女は俯いてしまう。

 その肩は。華奢で、儚くて、今にも壊れてしまいそうなほど細い肩は。震えて、いる。彼女は、震える声で。泣いているのを、隠そうともせず。ただ一言、呟く。

 悲しそうに、寂しそうに、嬉しそうに、呟く。

「私なんかで・・・本当にいいの?」

「君なんか、じゃない。君だから、だよ。君が、好きなんだ」

 それは僕達が出会った日に交わした言葉と、重なり合って。

 気がつけば、僕は彼女を抱き締めていた。

 僕の腕の中で泣きじゃくりながら震える彼女の背中を、優しく撫でながら、僕はもう一度、口に出す。

「君が、好きなんだ」

「私も・・・私も、君の事が、好きだよ。奏士くんの事・・・大好きだよ。嬉しい、よ。本当に、嬉しいよぅ」

 嬉しいと繰り返しながら、塔子さんは僕の腕の中で、小さく震えている。

「僕も、嬉しいよ」

 小さく呟きながら、僕は彼女の顔を上げさせる。驚く彼女の頬についた涙を、いつかのように、指で拭う。言葉は、要らなかった。

「ぁ…」

 彼女は小さな声を上げながら、潤んだ瞳で僕の顔を見上げ、ゆっくりと、目を閉じる。

 僕は、彼女の顔にゆっくりと自分の顔を近づけ、唇を、重ねる。

 暖かく湿った感触が、心地よかった。

 

 彼女と初めて交わした、キスだった。

 

 

 

 

島島島島島刀@

 

 

 

 

「ずっと、好きだったんだよ」

 僕の肩に頭を預けながら、彼女は小さく呟く。

 優しい響きを含んだ、どこか切なくて、胸を締め付けるその声に、僕は小さく笑う。

「僕も、だよ。あの日、初めて君に会った時から。一目惚れって、本当にあるんだって。あの時、実感したよ」

 そう言って、柔らかく笑う。すると、彼女も柔らかな笑みを漏らして、頷く。

 その笑顔が寂しそうな顔に見えるのは、気のせいなのだろうか・・・。

「奇遇だね? 私も、一目惚れだよ。あの時、君の事を見て。優しそうな人だな、って。その時はまだ具体的じゃなかったけどね。
 こうやって、君と一緒に何日か過ごしてみて。君の事が、本当に好きだって。そう、実感したんだよ」

 そう言って、小さく。しかし、確かな嬉しさを滲ませて、笑う。

 今、僕と彼女は、間違いなく幸せだった。

 小さな微笑みを口元に浮かべながら、僕は彼女の髪をゆっくりと撫でていた。

 この時、僕は。彼女と別れるなんて、考えていなかった。有頂天、だった。

 

 ─────────この幸せは、ずっと続くと、そう思っていた。そう、信じていた。