〜彼女と僕の月曜日〜

 

 

「ん・・・あぁー。いぃ、天気だなぁ」

 今日は珍しく、早起きだった。多分、まだ六時ぐらいだろう。

 それなのに、僕の隣では、塔子さんが眠っている。無邪気で、無垢で、純粋な寝顔だ。

 可愛い、と。素直に思う。

 しばらく彼女の顔に見惚れていると、彼女が微かに身動ぎし。そして、ゆっくりと目を開く。

「あ・・・れ?」

 彼女は不思議そうな顔で起き上がり、僕の顔を見つけると、ニッコリと笑う。寝起きとは思えないほど、いい笑顔だ。

「おはよう、塔子さん。よく眠れた?」

 僕が聞くと、塔子さんは笑顔のまま、頷く。

「うん、眠れたよ。ちょっと床が固かったけどね?」

 そう言って、少しはにかんだように笑う。

 その仕草の一つ一つが、堪らなく愛しかった。

 彼女は昨日、ここに泊まっていったのだ。

 今日は、君と恋人になれた記念だから。このままずっと、一緒にいたいんだよ。と、言って。

 その時、僕は涙が出るほど嬉しかった。

 夜遅くまで、様々なことを話した。自分の事、それ以外の事。趣味や、好きな物や、普段の事。本当に、色々な事を話した。

 その後、二人で寄り添って、眠った。いつものように、塔子さんが、僕の肩に頭を預けて。僕は、塔子さんの細い肩を抱いて。

 強めの風が吹いていたけれど。その寒さなんか感じないぐらい。僕達は、満たされていた。満足していた。

 心も、体も、暖かかった。温かかった。

「今日、どうしようか」

 僕は、体を伸ばしながら、尋ねる。

 彼女は、首を傾げながら、答える。

「そうだねぇ・・・どうしようか」

 だが、しかし。何かをしなくても。ただ、二人でいるだけで。言葉を交わす事もなく。

 ただ、幸せだった。

 しかし。僕は、昨日の夜から。体に変調を来していた。それは、耐えられる程度の些細な痛みだけど。今までにない異変でもあった。

 塔子さんが悪いなんて絶対にない事だけど。昨日、塔子さんと誓いを交わした瞬間から。断続的に、この痛みは襲っている。そして、それは徐々に、痛みを増している。

「なんだろう・・・・・・なぁ」

 だからといって、塔子さんに心配はかけたくない。

 彼女に聞こえない程度の声で呟く。

 そして、何事もなかったかのように、声を出す。

 そう、何でもないんだ、こんな事。大丈夫、塔子さんと一緒にいるんだから、こんな些細な事で悩んでちゃ、駄目だよ。

「朝日が、もうすぐ昇るね?」

 僕の声に、塔子さんは小さく頷く。

「そうだねぇ。私ね? また、奏士くんと一緒に、朝日が見られたらいいな、って。そう思ってたんだ。
 二日も続けて一緒に朝日を見られるなんて、私、幸せだなぁ」

 そう、詠うように呟いて、本当に嬉しそうに顔を綻ばせる。

 それは、僕が昨日考えた事と同じだったから。言葉を繰り返すことはせず、ただ、フェンスに寄り掛かって。小さく、キスを交わし。塔子さんと一緒に、地平線の彼方から朝日が昇るのを。

 ずっと、ずっと。長い間、見詰めていた。

 

 

 

 

島島島島島

 

 

 

 

 ずっと続くと思っていた幸せは。僅かな時間も置かないで。それは、小さくて、大きすぎる幸せすらも奪い取り。永遠なんてないのだという事を。僕は。彼女は。いやがおうにも、知らされる。現実を、突きつけられる。

「ぐ、ぅぅ・・・・・・あぁぁ」

 この程度の痛みは、我慢できると。そう、思っていた。

 断続的に襲ってくる痛みは、確実に増してきて。それでも、僕は。

 塔子さんと、一緒に。楽しい時を過ごしていけると、そう思っていた。二人で他愛のない事を話しながら、笑いあって。

 太陽は、既に、真上にあった。

「あ、ぁぁ・・・く、がぁぁぁぁっ!」

 頭を割るような、この痛みは、我慢するというには、あまりに度を過ぎていて。

「奏士くんっ! 奏士くんっ!? どうしたのっ、大丈夫っ!? そ、奏士くんっ!」

 塔子さんがあげる心配と不安と焦りに満ちた声も耳には届かず。

 ただ、頭を押さえて、その場に蹲る。何も、考えられない。痛い。頭が割れるように。痛い。頭蓋骨を抉じ開けられているように。痛い、痛い。中身を掻き混ぜられているように。痛い、痛い、いたい。全てが、砕かれるような、裂かれるような、鋭く、鈍く、ただ、巨大な、痛みが、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い─────────────────ッッッ!!!

 

 

 ─────私の、せいだね─────

 

 

 その時、唐突に。風にのって流れてきたその声は。明確な、正確な、圧倒的な、絶対的な意思を、意志を、伴って。

 

 

 ─────私が、君を引きとめたから・・・─────

 

 

 彼女は、自分が悪いと。そう、繰り返し、繰り返し。呻くように、叫ぶように、囁くように、喚くように、呟き続けている。

 

 

 ─────本当は、分かっていたのにね─────

 

 

 彼女が何を知っていたのか。僕に分かるはずもなく。

 

 

 ─────だって、君はまだ・・・・・・─────

 

 

 僕が、何だと言うのだろうか? 僕は・・・・・・まだ?

 

 

 ─────私が、君の事を─────

 

 

 言葉が聞き取り辛くなってきた。彼女は、何が言いたいのだろう?

 

 

 ─────だから、もう─────

 

 

 彼女は、何であんなに辛そうな、苦しそうな、寂しそうな、悲しそうな、切なそうな、そんな顔をしているんだ?

 

 

 ─────君と過ごした、この数日間。短かったけど、とても、とても、楽しかったよ─────

 

 

 君がそんな顔をする理由が、僕には分からない。

 

 

 ─────君の事が、本当に、大好きだったよ─────

 

 

 僕だって、君の事が好きだ。心から愛しているのに・・・・・・大好き、「だった」?

 

 

 ─────お別れ、だね。君の事、絶対に、忘れないよ─────

 

 

 なんで、なんでそんな事を言うんだよ?

 

 

 ─────大好きだよ、奏士くん。愛してる─────

 

 

 彼女は、そう言って。

 僕の唇に、自分のそれを重ね。そして、唐突に。

 

 彼女の姿が掻き消える。

 

 それはもう、霞のように。幻想のように。今までそこに居なかったかのように。まるで・・・まるで─────────

 

 

 ───────────幽霊のように。

 

 

 そして、僕の意識は。暗転し、堕落し、深い闇の底に、落ち込んでいく。僅かな意識が。微かな意識が。闇に侵されて、冒されて、犯されていく。

 最後に、頭に浮かんだのは──────

 

「塔子、さん・・・・・・・・・」

 

 ─────────そして、闇が全てを喰らい尽くす。