〜彼女のいない火曜日〜

 

 

「まだ、意識が戻らないのか?」

 全てがぼんやりと、曖昧な意識の中で。聞いたことのない男の声が、耳に流れ込んでくる。

「はい、まだ・・・。昨日のお昼頃から、反応は見られるのですが・・・」

 なんだろう・・・やけに、眩しい。今・・・何時頃、だろう・・・?

「先生っ? 患者に、反応がっ!」

 目を、開けなくちゃなぁ・・・・・・。

「ん・・・ぅぁ?」

 目を開くと、途端に真っ白な光が飛び込んできて、慌てて目を閉じる。

 もう一度ゆっくりと目を開く。目が慣れてきたのか、ぼんやりとした人影が周りに立っているのに気付く。

 目を細めると、どうやら男が一人に、女が二人。男の方は白衣を着ている。女二人は・・・なんだ、あれ。コスプレか? 看護婦の服なんか着て・・・看護婦? それに、白衣? ここ・・・どこだ?

「あ・・・・・・あの?」

 僕は小さく、おずおずと、白衣を着た男に話し掛ける。すると、男は驚いたような表情で、僕を見る。

「もう、話せるのか? 意識がなかったのだから、まだ何も出来ないと思っていたのだが・・・あ、あぁ、何か、言いたいのかね?」

 男の言葉を許可と取った僕は、そのまま言葉を続ける。

「ここ・・・・・・どこですか? あなた達は・・・誰、ですか? 僕は・・・・・・いったい」

 僕は、屋上以外の場所には行けないはずではなかったか?

 その時、自分の体が横になっていることに気付く。手触りから、どうやらベッドのようなものに寝ていると言うことが分かる。ますます持ってわからない。

 と、その時。白衣の男が口を開く。

「君は・・・覚えているかな? 君は、学校の屋上から落ちたんだよ?」

 覚えているともさ、当然だ。そして、僕はそこで。死んだんじゃなかったのか?

 不思議そうな顔をする僕に、覚えてないと解釈したか、男は言葉を続ける。

「君は、学校の屋上から落ちたんだよ。奇跡的に一命は取り留めた・・・というか、掠り傷や、軽い打撲だけで、体に目立った外傷はなかったんだよ。全く持って、不思議な事だよ」

 僕は・・・・・・生きていた? 死んでは、いなかった・・・?

 僕が考える間にも、男の言葉は続く。

「しかし、どうやら頭を打ったらしくてね? 君が落ちた木曜日から、今日まで五日間。ずっと意識が戻らなかったんだよ。いや、五日で意識が戻って、凄いと言うべきなのかもしれないがね?」

 男の言葉が、声が、音が・・・耳から耳へと通り抜けていく。頭がぐらぐらと揺れる。意識が、飛びかける。

 僕は・・・僕は・・・僕は・・・・・・?        

 

 

 

 

島島島島島

 

 

 

 

 気が付くと、自分の部屋に居た。

 何で、僕はこんなところに居るんだろう? 

 覚えてはいないが、記憶を探ると、確かに自分が病院からここまで、正式な手続きを経て退院した事が銘記されている。

 どうやら、あれから随分と時間が経っているらしい。時計を見ると、既に三時を回っていた。

「あ・・・・・・三時っ!?」

 僕は、唐突に、思い出す。忘れちゃいけなかったことを、思い出す。一番大切な人の事を、思い出す。

「塔子、さん・・・・・・」

 屋上。そうだ、屋上に行かなくちゃ。塔子さんが待っているかもしれない。

 昨日、彼女が言っていた言葉の意味はわからないけど。でも、しかし、だからこそ。彼女に会わなくちゃ。彼女に会えば、それだけで全てが解決するような、そんな気がする。

 僕は慌てて、自分が横になっていたベッドから起き上がると、靴を履いて外に飛び出す。

 

 

 

 

島島島島島

 

 

 

 

「何で・・・だろう?」

 屋上には、誰も居なかった。

 それどころか、彼女がいたという、気配すら。何も、感じられなかった。

「塔子さん、帰っちゃったのかなぁ・・・?」

 明日からは、また学校に通う・・・・・・・・・らしい。それなら、また明日、ここに来よう。

 そうすればきっと、塔子さんに会えるはずだ。その時、全部話してもらおう。

 彼女は何かを知っていたのだろう。それを話してもらえば、それで僕は満足だ。

 彼女は自分のせいだと、ずっと呟いていた。

 それが何の事かは分からないけれど。僕は、彼女があんな、傷ついた表情をするのは見たくなかった。

「明日・・・また、ここで会いたいな・・・」

 僕は小さく呟き、屋上を後にする。

 

 後に残ったのは、寂しげな音を立てて揺れる、屋上の扉だけだった。